kiaraさんへの告別の日に千葉敦子さんを思う ― 2006年08月08日 23時55分
kiaraさんの告別式は悲しいけれども主の愛が感じられる恵みにあふれた式だった。この恵みを何とかブログの記事にできないだろうかと思っていた時、突然に千葉敦子さんの『死への準備日記』のことを思い出した。1986年11月から1987年7月まで週刊「朝日ジャーナル」に連載されていた千葉さんの闘病日記だ。千葉さんはガンが全身に転移しながらもニューヨークでジャーナリストとしての仕事も続けていたので、単なる闘病日記ではなく、時事問題へのコメントや日本社会への批判的な感想なども、ふんだんに盛り込まれていた。今は文春文庫に収められているこの日記をどうしてもすぐに読み返したくなり、溝の口の大きな書店を2件まわったが無かった。高津の小さな本屋にも当然なく、渋谷へ行こうかと思ったがその前に寄った二子玉川の紀伊国屋で買うことができたので、感謝であった。この日記の細かいところはほとんど覚えていなかったが、千葉さんが宗教を頑なに拒んでいた箇所だけは妙に強烈に覚えていたので、まず真っ先にその箇所を探した。朝日ジャーナル1986年12月12日号に掲載された「善意の洪水に辟易する」という章にその日の日記があったので、少し長いが引用する。
○月×日
ある程度は予想し、覚悟もしていたけれども、あまりの洪水にうんざりしている。日本から、嬉しくない手紙と各種の資料や本が、ものすごい量で届き始めたのだ。出す人たちは、おおかた善意のつもりなのだから、余計に始末が悪い。
まず、宗教を私に勧める人たち。
信仰に生きて、それが幸せな人生をその人にもたらし、死をまえにして穏やかな気持ちで死を迎えられるなら、それはその人にとって大変結構なことで、私はひとさまの信仰に干渉する気など、これっぽっちもない。私の家族や友人の中にも深い信仰を持っている人がいて、私はその人たちの信仰の自由を100%尊重している。
しかし、私は無宗教という立場を選んで生きてきたのだから、無宗教で死にたい。これまでの数々の困難も、神や仏にすがらず、私らしいやり方で乗り越えてきたのだから、これからもそうしたい。生きることが、決して容易なものではなかったのと同じように、死ぬことも、容易なことだとは思わない。しかし、私らしい生き方で残りの日々を生きたいし、私らしい死に方で死にたいと思っている。
宗教の一番悪いところは、信仰を持って幸せを感じる人が、他人にそれを押しつけようとする点ではないか。
大体、四十年以上も生きてきた人に、病気が重くなったからといって、信仰を勧めるというのは、随分おこがましい話ではないだろうか。それまで生きてきたその人の人生・哲学に対して尊敬の念が少しでもあるなら、自分の信仰をいきなり押しつけたりできるものだろうか。
それに、私は病気の進行で苦しい目にあってはいるけれども、精神的に絶望感に襲われているわけでもないし、自暴自棄に陥ってもいない。自己憐憫には無縁だし、悲嘆にくれているわけでもない。およそ神頼みとは、かけ離れた心理状態にある。
(後略)
日記はまだまだ続くが引用はここまでにしておく。
kiaraさんと千葉敦子さん。お二人とも深刻な病気に肉体を侵されながらも死の直前まで常にポジティブに活動的に生きた女性だ。でも信仰面では驚くほどに対照的だ。
主に全てをゆだねたkiaraさんと、重荷を全て自分で背負い込んだ千葉さん。千葉さんは要らぬ心配をしてくれるなと思うだろうが、重荷を背負ったままで安らかな死を迎えることができたのだろうか。私としてはとても気掛かりだ。









最近のコメント