『聖書の読み方も天動説から地動説へ』2017年11月02日 08時54分

 大地は固定されてはおらず、宇宙の中を動いています。
 ヨハネの福音書の舞台も紀元30年頃に固定されてはおらず、永遠の中を動いています。
 このことを理解するなら、地動説が多大な恩恵を世界にもたらしたのと同様に、聖書からもさらに多大な恩恵が得られるようになるでしょう。

『聖書の読み方も天動説から地動説へ』
【ヨハネ4:1~8】
http://blog.goo.ne.jp/numazu-c/e/fedb1371f3b4bb1ce0e664ac1b232308

十字架から二千年の2033年までに核廃絶と平和を2017年07月16日 20時30分

 下記の通り、十字架から二千年の年の2033年までに核兵器を全廃すべきという期限を設定することを提案します。
 私のように小さくて何の影響力も持たない者がこの提案をすることにどれほどの意味があるのかと思わないでもありません。
 しかし、これが原爆資料館ロビーの「平和のキャラバン」の中心にタイルを置かれた者に与えられた使命だと、背中を押されるのを感じます。
 自分にできる小さなことから地道に働きを進めて行きたいと思います。

【十字架から二千年の2033年までに核廃絶と平和を】
 2017年7月7日に国連で核兵器禁止条約が採択されました。しかしアメリカなどの核兵器保有国や被爆国の日本はこの条約に参加せず、これでは核兵器の廃絶がいつ実現するのかわかりません。
 そこで私は2033年までに核兵器を全廃すべきという期限を設定することを提案します。2033年はイエス・キリストが十字架で死んで復活し、人々が聖霊を受けた紀元33年から二千年の年です。この記念すべき年までに是非とも平和が実現してほしいと思います。
 特にアメリカ・ロシア・イギリス・フランスのキリスト教の伝統を持つ核兵器保有国は率先して核兵器を削減し、2033年までの全廃を目指すべきです。なぜなら新約聖書のヨハネの福音書にはイエス・キリストが戦災で廃墟になったエルサレムを見て霊の憤りを覚え、涙を流したことが記されているからです[1]。イエスはエルサレムだけでなく広島・長崎の被爆地はもちろん、戦災で廃墟になった無数の現場で涙を流しています。
 イエス・キリストの十字架から二千年の記念の年は盛大に祝われるべきです。それには単にセレモニーを実施するだけでなく、平和の果実を捧げることが最もふさわしい祝い方でしょう。ただし問題があります。それは十字架の年が紀元何年であるかの共通の理解が得られていないことです。暦からはユダヤの過越の祭が金曜日にあった紀元30年または33年であろうとされています[2]。これに加えて、これまで知られていなかったこととしてヨハネの福音書の5章の記事は十字架の年が紀元33年であったことを示唆しています[3]。
 そこで、盛大に祝われるべき十字架から二千年の年の共通の理解を得るために、ヨハネ5章の記事の深層部の解読を皆さんと共に行いたく思います。ただしヨハネ5章の深層部を解読するには、この福音書の全体の構造を知る必要があります。そして、私たちの多くがヨハネの福音書を改めて学び直して、戦災の廃墟の前で涙を流すイエスの姿を知ることは、人類の平和の実現のために大きく貢献するでしょう。それゆえ、まずはヨハネの福音書の全体の構造を共に学ぶ機会を持ちたく思い、学習会を開くことを提案します。
 72年前の7月16日にアメリカのニューメキシコ州の砂漠において原子爆弾の核爆発実験が行われました。これが人類史上初めての核兵器の使用です。この実験は「トリニティ実験」と呼ばれています。三位一体の神を表す言葉が核実験の名称に用いられたことからも、核兵器の使用がいかに神から離れた行為であるかが、よくわかります。私たちは何としても核兵器の全廃を早期に実現しなければなりません。そのために2033年という期限を設定することは有効に働くでしょう。
 以上のことを、今年の7月7日に核兵器禁止条約が国連で採択されたのを機に提案します。多くの方々の賛同が得られれば幸いです。特に16年後の2033年に働き盛りとなっている若い方々の参加を期待します。
 主の平安が皆様と共にありますよう、お祈りしています。

核兵器の時代の幕開けとなったトリニティ実験から72年の日に
 2017年7月16日 小島 聡

[1] ヨハネ11:33~35。拙著「『ヨハネの福音書』と『夕凪の街 桜の国』」p.27~30、p.111、p.127~130、p.163参照。
[2] 例えばJimmy Akin、
 http://www.ncregister.com/blog/jimmy-akin/when-precisely-did-jesus-die-the-year-month-day-and-hour-revealed
[3] ヨハネ5章に登場する38年間病気に掛かっていた人は、池に入らなければ病気が治らないと思い込んでいました。この病人は、神殿で礼拝しなければ救われないと思い込んでいたユダヤ人たちと重ねられています。イエスを信じた人々が聖霊を受けた五旬節(ペンテコステ)の日以降、礼拝は霊とまことによって捧げられるべき(ヨハネ4:21~25)ものとなり、神殿礼拝の形式は重要ではなくなりました。しかしユダヤ人たちの多くは神殿が焼失する紀元70年までの38年間、神殿での礼拝の形式にとらわれていました。拙著「『ヨハネの福音書』と『夕凪の街 桜の国』」p.116、p.160参照。
(以上)

 同じ文章を教会のブログにもアップしました。
 http://blog.goo.ne.jp/numazu-c/e/27372c5aef32512733e0aac7113db795

『ヨハネの福音書』と『夕凪の街 桜の国』2017年07月06日 14時41分

(クリックすると拡大)
8月6日の広島の原爆の日まで、あと1ヶ月です。
この夏、平和の実現のために必要なことを、共に考えることができれば幸いです。

『ヨハネの福音書』と『夕凪の街 桜の国』
~平和の実現に必要な「永遠」への覚醒~

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満ちて来た時2016年05月11日 00時42分

 ひと眠りして目が覚めたら、オバマ大統領が広島を5/27に訪問するというニュース。
 さあ、いよいよ時が満ちて来た。
 8年前に仕事を辞めて神学校に入り、聖書の深い学びを始めたのは、この時のためなのだ。

G7外相の広島訪問2016年04月11日 11時34分


 原爆資料会を見た後のG7外相の記帳が、このタイル画があるロビーで行われたそうです。うれしいです。
 平和のための働きの励みになります。

『八重子のハミング』2016年01月08日 11時17分

『八重子のハミング』を応援します。
公式サイト
http://yaeko-humming.jp/

Spiritual Jesus (霊的イエス)2015年08月18日 21時13分

 8月6日の広島の原爆の日に英語のウェブサイトの"Spiritual Jesus"(霊的イエス)
 http://www.spiritual-jesus.com/
を立ち上げました。
 英語でのページ作りが一段落したら日本語のページの作成も考えています。
 よろしくお願いします。

戦災の廃墟の前で憤り、涙を流したイエス2015年07月03日 11時11分

(クリックで拡大)

『七十年目の試練』(3)
 戦争は軍事力によっては無くなりません。戦争を無くすには私たちが互いに愛し合えるようにならなければなりません。そのためには、「互いに愛し合いなさい」(ヨハネ13:34)と言ったイエスについての理解を深めることが、どうしても必要です。そしてイエスを深く知るためには、紀元30年頃のイエスの言動を記したマタイ・マルコ・ルカの福音書だけでなく、アブラハムが生まれる前(ヨハネ8:58)の初めからいる(ヨハネ1:1)イエスについて記されたヨハネの福音書を霊的なレベルで深く知ることが、やはりどうしても必要です。
 前回のノートでも短く触れましたが、ヨハネの福音書11章のイエスは戦災で廃墟と化したエルサレムの前で涙を流しています。ヨハネ11章で肉のイエスはラザロの墓の前にいますが、霊のイエスはバビロン捕囚から帰還した人々と共に廃墟のエルサレムの前におり、また再臨前の戦争の廃墟の前にいます。肉のイエスは紀元30年頃にいますが、霊のイエスは天地創造以前の初めから現代、そして未来の終末に至るまでのあらゆる時代にいます。
 上の「ヨハネの福音書の多重時間構造」の図に示すように、霊のイエスはヨハネ1~11章においては「旧約聖書の時代」と「福音書の時代」と「使徒の働きの時代」の三つの時間の重なりの中にいて御父と聖霊と共にいます。そして、この三つの時間はヨハネ12章で一つに合流し、13章以降で霊のイエスはヨハネの福音書の読者と共にいます。この福音書の読者は「愛弟子」としてイエスのすぐそばの特等席でイエスの話を聞き、十字架を霊的に目撃します。このイエスの愛弟子である読者にはもちろん現代の私たちも含まれており、さらに私たちがこれから伝える次世代の読者たちも含まれています。
 ヨハネ1~11章の三つの時間の重なりの例としては、例えばヨハネ4章で肉のイエスはサマリヤ地方にいますが、霊のイエスは旧約聖書のエリヤの時代の北王国におり、また同時に使徒の働き8章でピリポがサマリヤ人に伝道した時代のサマリヤにもいます。或いはヨハネ9章で肉のイエスは盲人の目を開けましたが、霊のイエスは旧約聖書のヨシヤ王の時代に律法の書が発見されて人々の目が開かれた現場にいます。また同時にダマスコ途上で目が見えなくなったパウロの目からウロコが落ちて目が見えるようになった現場にもいました。
 ヨハネ1~11章に肉のイエスと共に霊のイエスが「旧約の時代」と「使徒の時代」にも同時にいることは、たまたまそのように見えるのではありません。「旧約の時代」で言えば霊のイエスはヨハネ1章では創世記の時代におり、2章では出エジプト記の時代に、3章では出エジプト記~サムエル記の時代に、4章と6章では北王国の時代に、7章ではヒゼキヤ王の時代に、8章ではマナセ・アモン王の時代、9章ではヨシヤ王の時代に、10章では南王国が滅亡に向かった時代に、11章ではエルサレム再建の時代に霊のイエスがいるというように、時代順に説明付けすることができます。
 また「使徒の時代」で言えばヨハネ2章のカナの婚礼でガリラヤ人の弟子たちがイエスを信じたこと(ヨハネ2:11)はガリラヤ人への聖霊の注ぎ(使徒2:2)のことであり、またエルサレムの人々がイエスを信じたこと(ヨハネ2:23)はエルサレムにいたユダヤ人たちがバプテスマを受けたこと(使徒2:41)であって霊のイエスがその現場にいたことを示します。同様にヨハネ4章でサマリヤ人たちがイエスを信じたこと(ヨハネ4:39)はサマリヤ人が聖霊を受けたこと(使徒8:17)であり、王室の役人と彼の家族がイエスを信じたこと(ヨハネ4:53)は異邦人のコルネリオと彼の親族たちに聖霊が下ったこと(使徒10:44)であって霊のイエスがその現場にいたことを示します。
 このように、ヨハネ1~11章で霊のイエスが時間を超越してあらゆる時代に存在することが霊的に見えるように読者がなるなら、その読者はヨハネ13章以降で「愛弟子」としてイエスのすぐそばの特等席で十字架を霊的に目撃し、その霊的な体験を次世代の「愛弟子」たちに継承して行くことになります。
 国際テロ組織が勢力を拡大して混迷の度を深めている世界、そして再び戦争ができる国になろうとしている日本の中にあって私たちが「互いに愛し合いなさい」(ヨハネ13:34)というイエスの教えを守ることができるよう、紀元30年頃の肉のイエスだけではなく、あらゆる時代にいる霊のイエスについての理解を私たちは深めていかなければならないと思います。そして戦災による廃墟の前で憤り、涙を流したイエスの思いを霊的に共有して、私たちもまたこの霊的な体験を次世代に継承して行きたいと思います。(続く)

『七十年目の試練』(2)2015年06月26日 11時09分

 前回のノートの終わりのほうで、戦争体験を継承する私たちは体験者の証言を霊の領域に落とし込んで感じ取ることが大切であることを書きました。これは「私自身の経験」に基づいて書いたことですので、わかりにくかったことと思います。今回はこのことについて説明します。
 「私自身の経験」とは、広島の原爆資料館を訪れた時に感じたことが教会に通う前と後とでは大きく違ったという経験と、ヨハネの福音書のイエスが霊的にはどこにいるのかが見えるようになったという経験です。これらの二つの経験は密接に関連しています。
 私は2001年に教会に通い始め、その年のクリスマスに洗礼を受けました。そして2005年の夏、私はクリスチャンになってから初めて広島の原爆資料館を訪れました。それまでにも私は2回、原爆資料館を訪れたことがありましたが、それはクリスチャンになる以前のことでした。2005年に原爆資料館を訪れた時、私は過去2回とは明らかに違うことを感じました。この時の私は、人類がこれほどまでに巨大な悪に手を染め得るのかと思い、呆然としました。人間が抱える罪の底知れぬ深さに私は打ちのめされました。
 クリスチャンになる前の私は専ら原爆という恐ろしい核兵器がもたらす悲惨な被害に目を向けていたと思います。しかし2005年の訪問時においては、私は「人間の罪」の方に心の目を向けていました。それは教会で聖書を学ぶようになって私が「人間の罪」に心の目が向くようになっていたからでしょう。人間の心の奥深くに巣くっている暗い部分が見えるか見えないかは霊的な領域の問題に属します。これは霊的な目覚めが無ければ、なかなか見えてこない領域です。
 さてヨハネの福音書の底流にも「人間の罪」の問題があります。旧約聖書はイスラエルの民の心がほとんどの時代において罪深い状態にあったことを記しています。そして新約聖書のヨハネの福音書のイエスは旧約の時代のイスラエルの民の罪がエルサレムの滅亡をもたらしたことに霊の憤りを感じ、廃墟と化したエルサレムの前で涙を流しています。ヨハネの福音書ではイエスは「肉的」には紀元30年頃にいますが、「霊的」には旧約の時代と使徒の時代にいます。ヨハネ11章35節でのイエスは「肉的」にはラザロの墓の前にいますが、「霊的」には廃墟となったエルサレムの前にいて涙を流しています(このことの説明は次回以降にします)。
 前回のノートで引用したヨハネの手紙第一の1章3節でヨハネは私たち読者を「御父および御子イエス・キリストとの交わり」に招いています。この招きに応じて交わりの中に入るなら、イエスが人類の罪がもたらす悲惨な結果に憤り、そして涙を流している様子が霊的に見えて来ます。
 70年前の戦争の悲惨な体験を継承する場合も、私たちは体験者の証言を霊の領域で感じ取ることが大切だと思います。私たちの大半が平和を望んでいるのに平和が実現しないのは、人類が深い領域で罪の暗闇を抱え込んでいるからです。これは永遠の課題です。永遠の課題であるが故にイエスの教えが脈々と伝わって来たとも言えるのでしょう。
 戦争体験の証言の継承も、単に表層に見える悲惨さだけを伝えるのでなく、人間が奥深い領域に持つ罪の暗闇の部分にもしっかりと心の目を向けて、伝えて行きたいと思います。(続く)

『七十年目の試練』(1)2015年06月25日 11時04分

 戦後70年が経って戦争を直接経験した証人が減っており、それに反比例するかのように日本では戦争の危険性が増しています。平和を守るために私たちは証人による目撃証言をしっかりと継承して行かなければなりません。
 イエス・キリストの地上における宣教から70年近くが経った1世紀末のキリスト教会においても、イエスの証人がいなくなることは大きな問題であったことでしょう。教会がイエスに関する証言をどのように継承したのか、現代の私たちが学ぶべき点があるのではないでしょうか。
 1世紀の末頃に書かれたと考えられるヨハネの手紙第一とヨハネの福音書からは、記者がイエスの目撃証言の継承を強く意識していた様子が沸々と湧き立って来ています。ここでは、それらの箇所を引用しながら、私たちが戦争体験の証言を継承して行く上で学ぶべき点について考えてみたいと思います。
 まずヨハネの手紙第一の冒頭から引用します。

「初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、」(Ⅰヨハネ1:1)

 ここで記者のヨハネは、自分たちがイエスに直接会った証人であることを証ししています。
 そしてヨハネは手紙の読者を、自分たちの「交わり」に招いています。

「私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。」(Ⅰヨハネ1:3)

 ヨハネの手紙第一が書かれたのが1世紀の末頃だとすれば、イエスが天に昇ってから70年近くが経っています。ヨハネが読者を地上での宣教を終えたイエスと天の御父との「交わり」に招いているということは、これは「霊的な交わり」、つまり「霊の領域での交流」であるということです。
 21世紀の今日、イエスの地上での宣教から二千年が経ちました。その遥か昔のイエスの教えが今日でも生き生きと伝えられているのは、霊の領域のことだからです。霊の領域のことは時間を超越します。ですから戦争体験を継承する私たちも、証言を霊の領域に落とし込んで感じ取ることが大切だと思います。
 これから、何回かにわたってヨハネの手紙第一とヨハネの福音書の霊の領域の事柄について書いて行きたいと思います。そしてできれば、その都度、戦争体験の継承の問題についても考えることができたらと思います。