『私の中のあなた』2009年10月27日 12時11分


 映画『私の中のあなた』を見て、それから同名の文庫本をざっと読みました。

 まず、映画ですが、私の目にはひどく不自然な映画に映りました。どんな深刻な事態になっても、ただの一度も祈る場面が出てこなかったからです。
 どんなに不信仰な者であっても、どんな宗教的バックグラウンドを持っていようとも、そして、たとえ無神論者であったとしても、深刻な事態に陥れば、祈りの言葉が無意識のうちに出てくるはずです。それが、人間の自然な姿です。何に対して祈るかは人それぞれですが、人は知らず知らずのうちに祈るものです。
 まして、これはアメリカの映画です。アメリカの貨幣には”In God We Trust”という言葉が刻まれています。「神において我々は(この貨幣を)信用する。」これがアメリカ人の基盤です。アメリカ人全般の信仰心が弱まっており、日曜日に教会に行かない人が多いにせよ、まだまだアメリカ人の心の底流には神が存在しているはずです。
 墓地の場面で流れていた「アメイジング・グレース」(驚くほどの神の恵み)が何とも不釣合いであり、私の心には空しく響きました。
 バイオ・テクノロジーの最先端技術で生まれた子供であることを強調するために神に関係することを敢えて排除することにしたのでしょうか?

 原作はどうなのだろうか?原作にも神は存在しないのか?そのことがひどく気になり、映画館の売店で文庫本を買いました。結論から言えば、原作でも神の影は薄いものの、それでも神の存在が感じられました。そして、映画と異なる結末に驚きました…

 この文庫本で大きなミスも発見しました。上の写真がそうです。下巻のp.143に「旧約聖書」のヤコブ書3章5節とありますが、ヤコブ書は旧約でなく「新約聖書」です。原本を見ていないのでハッキリしたことは分かりませんが、アメリカ人はわざわざ旧約とか新約とかは入れないと思いますから、日本人の訳者か編集者が親切心で入れたものが間違ったと想像します。
 せっかくですから、このp.143の前後も含めてヤコブ書3章5節と6節を新共同訳で引用しておきます。この部分は舌禍について書かれていますが、『私の中のあなた』では、それが隠されています。

「同じように、舌は小さな器官ですが、大言壮語するのです。
御覧なさい。どんなに小さな火でも大きい森を燃やしてしまう。
舌は火です。舌は「不義の世界」です。わたしたちの体の器官の一つで、全身を汚し、移り変わる人生を焼き尽くし、自らも地獄の火によって燃やされます。」
(ヤコブの手紙3章5,6節)