ウェチャ2008年07月11日 09時14分



 上の写真は、昨日の朝5時半の起床直後に神学院の男子寮の私のベッド横の窓から撮った神学院教会のウェスレー・チャペルです。寝室は大部屋で、男子の寮生が全員この部屋で寝ます、と言っても今ここで寝泊りしているのは私を含めて3人だけです。そんな訳で人口密度が極めて低いので快適です。朝目覚めて窓のカーテンを開けると、こんな風にチャペルが見えるのも気に入っています。
 神学生はこのウェスレー・チャペルのことを縮めて「ウェチャ」と呼んでいます^^ 毎朝朝食後に清掃をしますが、曜日によってどこを掃除するかが決まっており、清掃前のミーティングで上級生のリーダーが「きょうはウェチャをやります」などと言っています。ウェチャという単語を初めて聞いたときは何だかサンチャ(三軒茶屋)みたいな気がして重みがないなあと思いましたが、親しみを感じる表現ではあります。
 短縮形で思い出すのは北大のクラーク会館で、北大生は親しみを込めて「クラ館」と呼んでいます。クラーク先生が札幌農学校の一期生に伝えたキリスト教を内村鑑三、新渡戸稲造らの二期生が受け継ぎ、伝道し、めぐり巡ってこうしていま私も伝道のために召されたことに感慨を覚える今日この頃です。神学院での修練を通じて聖められ、下記のガラテヤ書にあるようなパウロのことばでも曇りなく堂々と宣べ伝えられるようになりたいものです。

「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のために自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」
(ガラテヤ人への手紙2章20節)