16.良いぶどう酒と酸いぶどう酒2011年01月10日 09時43分

『世界の中心で、お風呂に入る』(16)

16.良いぶどう酒と酸いぶどう酒(第六の入れ子・その2)
 ぶどう酒が登場するのは2章と19章だけです。母マリヤが登場するのも2章と19章だけです。それゆえ、この二つの章が強い関係にあることは明らかです。

 ぶどう酒はイエスの血を表わします。マタイの福音書にはイエスが最後の晩餐でぶどう酒の入った杯を取り、次のように言ったことが記されています。

「みな、この杯から飲みなさい。これは、わたしの契約の血です。罪を赦すために多くの人のために流されるものです。」(マタイ26:28)

 神に反逆するという私たちの罪をイエス・キリストは全て背負って十字架に掛かり、血が流され、そのイエス・キリストの血ゆえに私たちは罪が赦されました。それゆえ、イエス・キリストを信じる者は誰でも神の子とされ、永遠のいのちを持つことができるのです。

 良いぶどう酒は、私たちに新しい命を与えてくれる、生命力にあふれたイエスの血です。一方、酸いぶどう酒とは発酵が進み過ぎて死ぬ寸前のぶどう酒ですから、滅ぼされるべき罪の象徴と考えても良いのではないでしょうか。

 イエス・キリストの血は私たちの罪を滅ぼし、新しい命を与えてくださいました。この、二つのぶどう酒による生と死の鮮やかなコントラストを描く2章と19章の両方に母マリヤもまた登場するのは、生命と母とは強い関係にあることから、決して偶然ではないであろうと私は考えます。

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