イムジン河への前奏曲2006年04月23日 07時27分


 「イムジン河への前奏曲」とサブタイトルが付いた篠藤ゆり著のノンフィクション『音よ、自由の使者よ。』(アートン刊)を読んだ。これは、在日韓国人のヴァイオリン奏者ジョン・チャヌさんのこれまでの半生を描いたものである。
 曲の合間にユーモアたっぷりに明るく話すジョン・チャヌさんにこの本に書かれているような重い過去があったことに驚いた。ヴァイオリンの修行で大変な苦労があったであろうことはこの本を読まなくても多少は想像できた。しかし日本と韓国との板ばさみの中でこれほどの苦悩の日々があったとは、ステージで屈託なく話すジョン・チャヌさんからは全く想像できなかった。
 その一つの例は、1985年に大阪で開催されたハンギョレ・コンサートを巡る事件だ。ハンギョレはハンが一つの意、ギョレが民族・同胞の意で、北朝鮮籍を持つ在日コリアンの音楽家と韓国籍を持つ在日コリアンの音楽家とが同じ舞台で共演しようと企画されたものであった。当時韓国で演奏活動をしていたジョン・チャヌさんもこのコンサートで演奏するために韓国から大阪へ行く予定であったが、韓国政府に出国を禁じられ、結局参加することができなかったという。南北問題をどうするかは政府レベルが決めることであり、音楽家に勝手なことをされては困るというのが理由であったそうだ。<まさにイムジン河の現実がここにある>と思ったそうである。これに抵抗すれば当時の軍事政権下では投獄されて拷問を受ける可能性もあり、また家族も危険にされされる心配があった。ジョン・チャヌさんの無念さがどれほどのものであったかは想像を絶する。その後しばらくは酒浸りの日々が続いたとのことである。
 ジョン・チャヌさん自身は政治的な活動をしているつもりはなくても、そのような音楽家の純粋な思いを利用しようとする政治勢力があることを韓国政府は警戒したようだ。政権の座にある者が政権を揺るがそうとする者に対して行う仕打ちの容赦の無さは2年前の高遠菜穂子さんたちのイラク人質事件の時、私も強烈に感じた。純粋に高遠さんたちの命を救いたいと思っている人たちと自衛隊は撤退すべきとする政治勢力とが一つになって大きな波になると政権の基盤が大きく揺るがされると判断した政府が取った態度は極めて非情、且つ巧みなものであった。「自己責任」というキーワードにより、またたく間に高遠さんたちを悪者にする世論が形成されたことに、私は恐怖を感じた。
 このブログの1つ前の記事「平和をつくる者は幸いです」で高遠さん達のことを書いたのは、このジョン・チャヌさんのノンフィクションを読んで2年前のイラク人質事件のことが呼び起こされたからだ。ジョン・チャヌさんの素晴らしい演奏に魅せられ、教会に導かれた時期も私と同時期ということで親近感を感じていたが、また一つジョン・チャヌさんに引かれる要素が加わった。ジョン・チャヌさんの応援をこれからもずっと続けていきたい。

アートン社ホームページでも下記URLでこの本が紹介されています。
 http://www.artone.co.jp/books/035_1.html

コメント

_ 田中保子 ― 2006年05月17日 10時40分

小島さま

5/15夜に、東工大で春のアートのイベントの一環として開催された、ジョンチャヌさんのコンサートを、紹介して差し上げましたよその教会の兄弟が、はるばる金沢区から、足を運ばれて、とても喜んでおられました。

彼は、高津教会でのコンサートにも、教会のお友達を誘っていらしておりましたが、感動してまたもいらっしゃったのですから感謝ですね。

私はというと、とても楽しみにしておりましたが、急な仕事が入り、行くことができず、残念でした。でも彼が、「ジョン・チャヌさんのヴァイオリンコンサート行ってきまし た。最高の演奏者による 素晴らしい演奏となんとも言えぬヴァイオリンの音色、楽しいトーク、また至近距離 で聴けること 、最高の贅沢と至福の時をもてました。感謝します。ありがとうございました。」とメールで言ってるのを聞いて、同じく喜んでおります。

_ S.KOJIMA ― 2006年05月17日 23時11分

田中保子さま
 ご友人の感想のお知らせありがとうございました。当日のコンサートで回収したアンケートに記されていたコメントを今日のブログの記事で紹介しました。多くの方々に喜んでいただけ、世話役としてうれしい限りです。

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