単身で海外へ2006年02月01日 06時31分

 『単騎、千里を走る。』の主演俳優の高倉健さんは、映画のストーリー同様、実際に単身で中国に渡ったそうだ。一人で海外へ渡ると、団体で行くのとは違う海外を体験できる。
 いまネットで安易に外国を批判している若い人の多くは、一度も海外に行ったことがないか、親か誰かに連れて行ってもらったことしかないのではないかと思う。自分の足でしっかりと海外を歩いたことがある人の書き込みと、行ったこともないのにネットで仕入れた知識だけで外国に対する悪感情を無節操に排出するだけの人の書き込みとでは、重みや品性が全く異なる。悲しいことだが、海外へ行ったことがない人は、どちらの文章に、より深さ重さがあるのかを見分けることができないので、同調して外国を批判する人が増殖していくことになる。
 上記のことは海外にいる外国人の日本に対する感情にも当てはまることを指摘しておきたい。
 ネット社会の今、ネットを介するのではない直接の人的交流の重要性がますます増していると思う。

『八月のクリスマス』2006年02月02日 00時27分

 証明写真が必要になったので、デジカメのセルフタイマーを使って自分で撮ることにした。バードウォッチングのフィールドスコープ用にその昔買った三脚にデジカメをセットし、シャッターのボタンを押してから椅子に座った時、韓国映画の『八月のクリスマス』でハン・ソッキュが自分の葬式用の写真を自分で撮ったシーンを思い出した。
 『八月のクリスマス』のことは、道でスクーターのエンジン音を聞くたびに実は日常的に思い出している。ビデオでもう何十回も見ているので、この映画のことは記憶に深く刻まれており、日常生活のふとした場面で思い出すことが多い。
 『八月のクリスマス』のどこがそんなに気に入ってしまったのか。シム・ウナが魅力的な映画だが、やはりこの映画はハン・ソッキュの魅力が光っていると思う。ここしばらくこの映画を見ていないので、久し振りで見てみてから、この映画の感想をそのうち書いてみたいと思う。

シジュウカラのさえずり2006年02月05日 19時02分

けさ、自宅の近くでシジュウカラのさえずりを聞いた。
気温はまだまだ低いが、春の到来を感じて心が温かくなった。

私にとって2月は1年のうちで一番忙しい月だ。
2月に入って早速忙しくなり出した。
今年は例年以上に忙しくなりそうな・・・。
そんなこんなで毎日書いていたブログが途絶えてしまった。
『八月のクリスマス』のハン・ソッキュの脱力加減を見ていたら、私ももう少し力を抜いてもいいかな、という気がしてきたこともある。
ボチボチと書き続けていきたいと思う。

☆主は泉を谷に送り、山々の間を流れさせ、
 野のすべての獣に飲ませられます。
 野ろばも渇きをいやします。
 そのかたわらには空の鳥が住み、
 枝の間でさえずっています。
 主はその高殿から山々に水を注ぎ、
 地はあなたのみわざの実によって
 満ち足りています。
 (詩篇:第104編10-13節)

『愛されている者の生活』2006年02月08日 00時17分

 実は週末はインフルエンザか何か分からないが熱が出て調子が悪かった。眠り過ぎてこれ以上は眠れないが、布団から出るのもしんどいと思った時、本が読みたくなった。心がやさしくなれる本が良いと思った。それで、部屋の隅に積んである本の山を崩して探したところ、ヘンリ・ナーウェン著『愛されている者の生活』小渕春夫訳(あめんどう)が目に留まったので、読み始めた。この本はあまり厚くないし、字も大きいのが病人にも読みやすかった。以前一回読んだことがあると思うのだが、情けないことに内容はすっかり忘れていた。
 ヘンリ・ナウエンはエール大学、ハーバード大学等で神学の教鞭を取るなど、主としてエリートを相手に生きてきた人だが、亡くなるまでの10年間は知的障害を持つ人達のコミュニティの中で生活する道を選んだ人だ。
 この本のサブタイトルは「世俗社会に生きる友のために」であり、フレッドというナウエンの友人のために書かれた本だ。結局、この本はフレッドの心には響かなかったと、この本のエピローグでナウエンは告白しているが、私の心にはしっかりと響いた。しかし、日々の生活で忙しく過ごすうちに、すぐまた本書の内容を忘れてしまうかもしれない。今回は忘れないようにしっかり頭に叩き込んでおきたい。

 「才能と賜物の区別には意味があります。私たちに与えられている賜物は、才能より重要です。私たちは少ない才能しか持っていませんが、賜物はたくさん持っています。私たちの賜物は、私たちの人間性をさまざまな手段で表わすものであり、私たちが何者であるかを表わすものです。すなわち、友情、親切、忍耐、喜び、平和、赦し、柔和、愛、希望、信頼、そのほか多くのもの。これらは、私たちが互いに与え合うべき真の賜物です。
 どういうわけか、私はこのことをずっと以前から知っていました。とくに、これらの賜物の持つ、大いなる癒しの力を個人的に経験したことによって。しかし知的ハンディを持つ人々のコミュニティで生活するようになってから、私はこの単純な真実を再発見しました。ここに住む人は、すべての人がそうでないにしても、誇れるような才能を持っていません。お金を稼いだり、自由市場で競ったり、賞を取ったりして、社会に貢献できる人はほとんどいません。しかし、彼らの賜物は、何と眩(まばゆ)いことでしょう!」(『愛されている者の生活』 p.125-126)

新歓合宿の想い出2006年02月12日 01時17分

 昨夜また大学の剣道部の同期と会う機会があった。
その時、我々の部の新入生歓迎合宿(新歓合宿)の時の話で盛り上がり、この、ちょっと通常では考えられない目茶苦茶な合宿のことを久々で思い出した。
 新歓合宿の1日のスケジュールは、正確な時間は忘れたが、だいたい以下の通りだった。

6:00  起床
6:10~ 約1時間 ランニングと体操・トレーニング
9:30~ 約2時間 稽古(1年生はランニングと素振り・打ち込み)
14:00~ 約2時間 稽古(同上)
19:00~ 約1時間 素振り
20:00~ 約20分  ミーティング
22:00  消灯・就寝

 朝・午前・午後・晩と1日に4回もしっかりと稽古やトレーニングをする、極めて真面目な合宿だった。しかし、稽古はそれだけではなかった。それは合宿最初の晩、早くも開始された。
 午後10時、先輩の「明日は6時起床だから、早く寝ろ」ということで消灯になった。20分ぐらいして我々1年生が眠り始めた時、いきなり先輩から「起きろ、起きろ!」と言われてストームが始まった。ストームというのは、皆で肩を組んで円になり、足を上げながら

 札幌農学校は蝦夷が島、熊が棲む
 荒れ野に建てたる大校舎、コチャ
 エルムの木陰で真理説く
 コチャ、エー、コチャ、エー

 札幌農学校は蝦夷が島、手稲山
 夕焼け小焼けのするところ、コチャ
 牧草肩敷き詩集読む
 コチャ、エー、コチャ、エー

 札幌農学校は蝦夷が島、クラーク氏
 be ambitious boysと、コチャ
 学府の基を残し行く
 コチャ、エー、コチャ、エー

と、これを何回も何回も延々と繰り返し踊りながら歌うものだ。1年生にとっては何でこんなことをするのか、全く訳が分からなかった。これが終わると、「早く寝ろ」と言って先輩たちは去って行った。自分たちで起こしておきながら「早く寝ろ」もないものだが、とにかく皆ふたたび寝始めた。しかし、10分後ぐらいに、また「起きろ、起きろ」と3年生に起こされ、寮歌の指導が始まった。これは夜の12時近くまで続いた。これが、終わるとまた「早く寝ろ」と言って3年生は去って行った。やれやれ、これでやっと寝れると思ってウトウトしかけたところ、今度は2年生が我々1年生に「起きろ、起きろ」と起こしに来た。今度は一体何なんだと思っていたら、何と剣道部に代々伝わる伝統芸の指導をするというのだ。これが深夜の2時か3時頃まで続いた。3時に寝て、6時には起床してランニングだ。ランニングは近くの女子大の寮の周りをグルグル回りながら「起きろ、起きろ」の大合唱をした^^;
 昼は剣道の稽古、夜は寮歌と芸の稽古という過酷な合宿は約1週間続いた。
 若いとはいえ全く神仏を恐れぬ異様な合宿であった。なぜ剣道部にこのような伝統が生じたのかは謎だ。剣道に関しては極めて真面目に取り組み、しかし芸にも燃えていた奇妙なクラブであった。
 
☆「これは、知恵と訓戒とを学び、
 悟りのことばを理解するためであり、
 正義と公義と公正と、思慮ある訓戒を体得するためであり、
 わきまえのない者に分別を与え、
 若い者に知識と思慮を得させるためである。

 主を恐れることは知識の初めである。
 愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。」
 (箴言 第1章2-4,7節)

あがり症2006年02月15日 23時01分

 トリノオリンピックでメダルが期待されていた日本選手が、期待通りの結果を出せていないようだ。マスコミが期待をあおり過ぎて必要以上にプレッシャーを感じていたとしたら気の毒なことだ。
 緊張しやすいという点では、私もかなりの自信がある。最近では随分と図々しくなったが、20歳前後の頃は本当に困った。例えば音楽のレコード売り場に行って予約をする時、店員の目が気になって手がブルブルと震えて住所・氏名が書けなかったことがある。喫茶店で向かい合って座ったとき、向かい側の相手の視線が気になってコーヒーカップを持つ手が震えることは日常茶飯事だった。この手の震えに関しては材料工学の実験の試料作りで光学顕微鏡の下での細かい手作業をするようになってから克服できたが、今でも克服できないのが健康診断での血圧測定だ。自宅で測定するのに比べて50mmHgは上昇する。人前で意見を言うとき、声が震えることも、いまだに良くある。しかし、ここ一番という時に不思議とあまり緊張しないで良い結果を残せることも稀にある。
 あがり症は自分ではなかなかコントロールできない不思議な症状だ。

明治座2006年02月17日 07時02分


 チル友から、佐々部監督の『チルソクの夏』に隣のおばちゃん役で出演した松本じゅんさんが明治座6月公演『母に捧げるラストバラード』(武田鉄矢・主演)に出演するとの情報があった。明治座には昨年の8月に家族と『わかば』を見に行き、舞台の面白さを味わうことができたので、また家族と行ってみようかと思い始めている。『わかば』を見たとき、脚本の構成が面白いと思った。テレビドラマのようにシーンを次々と変えるわけにいかないので、できるだけ同じセットで長い時間、芝居をするようにできている。それでもちゃんとNHKの朝ドラと同じ展開になっていたのに感心した。
 『わかば』を見に行ったのは、主演の原田夏希さんが静岡高校の後輩にあたるので、応援したいと思ったからだ。静岡高校の同窓というと、いまパッと思いつくのは新村出(広辞苑の編者)、山川静夫(元NHKアナ)、遠山敦子(元文部大臣)、斉藤孝(明治大学教授『声に出して読みたい日本語』等の著書多数)の各氏、それから朝日新聞夕刊の4コマ漫画の『地球防衛家のヒトビト』の作者しりあがり寿氏も卒業生だそうだ。いずれにしても原田さんのような俳優は珍しいと思うのでこれからも応援していきたい。
 面白いことに原田夏希さんの誕生日は7月7日(チルソク)だそうで、大学は佐々部監督の後輩にあたる明治大学、しかも高校時代に『チルソクの夏』主演の水谷妃里さんと『ピンポン』(窪塚洋介・主演)という映画で共演もしているので、私にとっては5人目のチルソク娘だ。いつか原田さんが佐々部監督の作品に出演してくれるといいなあ、と思っている。

カーリング2006年02月19日 13時31分

(C) 「シムソンズ」製作委員会
(C) 「シムソンズ」製作委員会

 この土日、自宅で仕事をしながら、ついついトリノ五輪のカーリング日本女子チームの試合に見入ってしまっている。カナダ戦、スウェーデン戦の両方とも生中継で全部(約3時間ずつ)見てしまった。今夜のイギリス戦も見なければ (^^;
 おかげでカーリングという競技の戦術の多彩さが少し分かるようになってきたが、月曜の朝が締め切りの仕事がはかどらなくて困った (TT)
 それにしても、強豪のカナダに勝った瞬間には私も興奮してしまった。世界チャンピオンだというスウェーデンをあと一歩のところまで追い詰めたのも、あっぱれだった。

 彼女たちの実話を基に作られたという映画『シムソンズ』が昨日、封切られたそうなので、早い機会に見に行きたい。

 日本女子の残り3試合の健闘に期待したいが、ともかくもカナダ戦、スウェーデン戦の大健闘を心から讃えたい。

☆声高らかにほめ歌を歌え。タンバリンを打ち鳴らせ。
 六弦の琴に合わせて、良い音の立琴をかき鳴らせ。
 (詩篇 第81編 2節)

『シムソンズ』2006年02月22日 01時00分

『シムソンズ』パンフレットより

 ひたむきにスポーツに取り組む女子高生の4人娘の映画と言えば、佐々部清監督の『チルソクの夏』です。カーリングに燃えた女子高生の4人娘の映画が封切られたと知り、『チルソクの夏』の応援団員としては、この『シムソンズ』はすぐに見に行かなくては、と直感的に思いました(なぜか今日は丁寧体)。
 で、火曜の夜、見に行って来ました。劇場は勝手知ったる新宿シネマミラノ。臼井・佐々部コンビの映画『チルソクの夏』と『カーテンコール』が上映された劇場です。
 面白かったです!月並みな表現ですが、元気・勇気をもらいました。

 単純に分かりやすく言うなら、『シムソンズ』と『チルソクの夏』はそれぞれ『ALWAYS 三丁目の夕日』と『カーテンコール』に例えることができるとも言えると思います。でも、私は『シムソンズ』の背骨にある真面目さは佐々部映画に近い、つまり『ALWAYS・・・』が佐々部映画の『カーテンコール』とは随分と違っていた(両者を比較した記事は→こちら)のと比べると、『シムソンズ』は根底に流れるものが佐々部映画にずっと近いと思いました。では、この『シムソンズ』は『チルソクの夏』に近いのかと言うと、そうでもなく、むしろ佐々部監督の監督デビュー作『陽はまた昇る』に近いという感想を持ちました。『シムソンズ』も『陽はまた昇る』も共に実話に基づいており、共に冬季オリンピック出場、VHSビデオ開発という偉業を成し遂げた事実があるという共通点があるからかもしれません。

いざ出陣2006年02月26日 09時07分

 3月は学会・研究会が各地で盛んに開かれる。私も4つに参加予定で、そのうちの2つは主催者側、あとの2つは参加者として発表予定だ。
 発表予定の研究会と学会では、金属の新しい塑性変形機構を提唱することにしている。桐谷先生が10年以上前に実験で偶然に発見した新しい変形現象のメカニズムを説明するものだが、そのメカニズムの解明には今まで誰も成功していなかったので、学会では結局、新しい変形機構など存在しないのだという雰囲気になり、新しい機構の存在を主張し続けてきた桐谷先生が3年前に死んでからは、この研究を続ける者が極端に減ってしまっていた。私もそろそろこの研究テーマから足を洗おうかと考えていたのだが、その矢先の昨年の7月末、意外性に富んだアイデアを天から突然与えられた。すぐにこのアイデアを論文にしたが、これまではこの論文が雑誌に掲載される見通しが立っていなかったので、控えめにしか発表できていなかった。しかし、この2月15日に論文が雑誌に掲載されたので(S.Kojima and H. Fujii, Materials Transactions, Vol.47, No.2 (2006) pp.298-301. 掲載を認めて下さった査読者に感謝します)、これからはやっとでこのアイデアを大々的に宣伝できる。いよいよ本格的な戦闘の開始だ。
 塑性変形といえば転位論でほとんど説明できると多くの研究者が思い込んでいるので、新しい変形機構を認めてもらうまでには、多くの戦いを強いられると思う。でも粘り強く主張し続けていきたい。もちろん新しい機構を確かなものにするための実験や計算も進めていかなければならない。この研究が進めば、より強度に優れた材料の開発にもつなげていくことができると期待できる。桐谷先生が達成できなかったことを成し遂げて、恩返しとしたい。

☆主よ。私と争う者と争い、私と戦う者と戦ってください。
 盾と大盾とを手に取って、私を助けに、立ち上がってください。
 (ダビデによる。詩篇 第35編 1,2節)